なろうなろう。インフルエンサー(17)

今どきブログなどと思いながら、時代錯誤なブログを荒波立ったネットの海へ投じる。

当たり前について書く。

ブログで10000pvを稼ぐことと、youtubeで10000回再生数こと。どちらが難しいかは明白で、そりゃ前者のほうである。

はたまた、shorts並びにtiktokのように秒単位のひと口サイズを現代人は大量消費するのだから、文字などどこの胃袋に入るのか。

知らん。

けれど、小説家になろうのように遊び盛りなティーンも静かにスマホを睨むこともあるという。

そういえば、ちょろっとTVでそんな内容が流れていたのを思い出した。ただ、それは読むことではなく、書くことだった。ナウロッパ?だったか正確な単語は覚えていないが、なろう系に頻出するヨーロッパ的舞台があるとのこと。少し細かく言えば、あくまでヨーロッパ的であることが強調されていて、日本人の10代が失望しない夢のあるヨーロッパ的風土であるから、外国人が日本人はニンジャといってるようなもん。

とやかく、もしかしたら、読むことは書くことを前提にしているといっていいのかもしれない。

ナーロッパだかナッパだかも、あるいはRPG的設定文句を散りばめたあの長ったらしいタイトルも、もしかしたら彼らにとって便利なツール以上の理由は見当たらないのかもしれない。

あー、とりま自己表現として、取っ付きやすいのがブログ的メディアと結論。

だけど、それはTikTokとさして変わらない。

TikTokでは音楽やダンスがツールだから。

音楽にノるか擬似ヨーロッパで無双するか。

その2枚のカードを終盤のババ抜きかのよう迫ったカウンター机の上で。相席の聡明なティーンはニヒルに笑みを浮かべ、僕はそれを合図に筆を置き、外へ出た。